歴代のオリンピックを当時の出来事とともに振り返る①【第1回~第11回】
こんにちは!
4年に一度のオリンピックですが、皆さんはどのくらい前のオリンピックまで記憶があるでしょうか?
個人的には1992年バルセロナオリンピックくらいまでなのですが、、
やはり当時のご自身の体験や、世界的な出来事とともに記憶されている方も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は、歴代の夏季オリンピックを、当時の出来事・歴史的なトピックスとともに順番に振り返ってみました。長くなりましたので3つの記事に分けて掲載させていただきます。
こちらの記事では、第1回アテネオリンピックから第11回ベルリンオリンピックまでまとめてみました。
- 歴代の夏季オリンピックについて(第1回~第11回)
- 第1回 1896年 アテネオリンピック(ギリシャ)
- 第2回 1900年 パリオリンピック(フランス)
- 第3回 1904年 セントルイスオリンピック(アメリカ)
- 第4回 1908年 ロンドンオリンピック(イギリス)
- 第5回 1912年 ストックホルムオリンピック(スウェーデン)
- 第6回 1916年 ベルリンオリンピック(ドイツ)
- 第7回 1920年 アントワープオリンピック(ベルギー)
- 第8回 1924年 パリオリンピック(フランス)
- 第9回 1928年 アムステルダムオリンピック(オランダ)
- 第10回 1932年 ロサンゼルスオリンピック(アメリカ)
- 第11回 1936年 ベルリンオリンピック(ドイツ)
- まとめ
歴代の夏季オリンピックについて(第1回~第11回)
第1回 1896年 アテネオリンピック(ギリシャ)
第1回のアテネオリンピックでは、まだ参加国数が14、実施競技数が8競技のみだったということです。1896年(明治29年)4月6日から4月15日まで開催されました。
近代オリンピックは、フランス貴族で教育者だったピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱によって誕生したということです。
また、ウィキペディアによりますと「当時は財政事情により金メダルがなく、1位に銀メダル、2位に銅メダル、3位には賞状が授与されたということです。日本の参加はまだなく、アメリカが開催国ギリシャとともに強かったようです。
1896年には、東日本大震災と度々比較された、明治三陸地震が起こっています。
ちなみに、日清戦争は、この2年前である1894年に起こっています。
第2回 1900年 パリオリンピック(フランス)
第2回のパリオリンピックでは、参加国数が19、実施競技数が16競技へと増加。開催期間は、1900年(明治33年)5月14日から10月28日まで。
開催国フランスとともに、アメリカ、そしてイギリスがメダル獲得数を争いました。
日本の参加はまだありません。
1900年は、世界的イベントとして、パリ万博も行われています。日本で初めてエレベーター付きのビルや公衆電話が東京にできたのもこの頃ということです。
第3回 1904年 セントルイスオリンピック(アメリカ)
第3回のセントルイスオリンピックでは、参加国数が13、実施競技数が16競技でした。開催期間は1904年(明治37)7月1日から11月23日まで。
アメリカ発祥の野球やバスケットボールは、こちらの大会よりオリンピック競技になりました。開催国アメリカが239個という圧倒的なメダル獲得数を残す結果となりました(2位のドイツは13個)。
1904年といえば、日露戦争があった年です。戦争の影響でオリンピック参加国数も減少したとのことです。 また、アメリカがパナマ運河を起工した年でもあります。
第4回 1908年 ロンドンオリンピック(イギリス)
第4回のロンドンオリンピックでは、参加国数が22、実施競技数が23競技でした。
開催期間は1908年(明治41年)4月27日から10月31日まで。
ウィキペディアによりますと、当初はローマで開催される予定だったものの、イタリアのヴェスヴィオ山が噴火し、その被害がローマにも出たため、急遽ロンドンでの開催となったということです。
前回行われていた野球やバスケが競技から外れ、開催国イギリスがアメリカを大きく上回るメダル獲得数で終了しています。
1908年は、日米紳士協定締結、ボスニア・ヘルツェゴビナ併合などの年です。
第5回 1912年 ストックホルムオリンピック(スウェーデン)
第5回のストックホルムオリンピックでは、参加国数が28、実施競技数が15競技でした。開催期間は1912年(明治45年/大正元年)5月5日から7月22日まで。
ウィキペディアによりますと、この大会で日本がアジアの国で初めてオリンピックに参加したということです。陸上競技で短距離の三島弥彦氏とマラソンの金栗四三氏の2名が出場。
1912年は、中華民国成立、タイタニック号沈没、明治天皇崩御などがあった年です。
第6回 1916年 ベルリンオリンピック(ドイツ)
第6回 ベルリンオリンピックは、第一次世界大戦(1914年~1918年)で中止となりました。日本は大正5年。
第7回 1920年 アントワープオリンピック(ベルギー)
第7回のアントワープオリンピックでは、参加国数が29、実施競技数が23競技でした。
開催期間は1920年(大正9年)8月14日から9月12日まで。
ウィキペディアによりますと、男子テニスの熊谷一弥氏が、日本人のスポーツ選手として史上初めてのオリンピック・メダルを獲得した大会ということです。
1919年までの日本は、第一次世界大戦の特需で、造船・製鉄などの製造業や海運業が大いに発展し、目まぐるしい経済成長を遂げましたが、1920年にはその反動による戦後恐慌があり、一転して景気が悪くなったということです。
第8回 1924年 パリオリンピック(フランス)
第8回のパリオリンピックでは、参加国数が44、実施競技数が19競技でした。
開催期間は1924年(大正13年)5月4日から7月27日まで。
やはりアメリカが陸上競技や競泳で強さを見せ、この大会でもメダル獲得数1位の結果になりました。
1924年は、第1回冬季オリンピックとなるシャモニーオリンピックの開催や、モンゴル人民共和国の成立、また米国の排日条項を含む移民法の成立などの年です。
パリオリンピックの前年1923年には、関東大震災が起こっています。
第9回 1928年 アムステルダムオリンピック(オランダ)
第9回のアムステルダムオリンピックでは、参加国数が46、実施競技数が17競技でした。開催期間は1928年(昭和3年)7月28日から8月12日まで。
ウィキペディアによりますと、「女性の陸上競技への参加が初めて認められ、女性への門戸開放という点で大きく進歩した大会であった」ということです。日本人女子選手も初めて参加し、人見絹枝さんが800mで銀メダルを獲得されています。
また、男子三段跳びでは、織田幹雄さんが日本人で史上初の金メダルを獲得しました。
1928年は、第2回冬季オリンピックのサンモリッツオリンピック開催、初の普通選挙実施、昭和天皇の即位の礼挙行の年です。また、ラジオ体操が始まった年でもあります。
第10回 1932年 ロサンゼルスオリンピック(アメリカ)
第10回のロサンゼルスオリンピックでは、参加国数が37、実施競技数が17競技でした。開催期間は1932年7月30日(昭和7年)から8月14日まで。
ウィキペディアによりますと「1929年10月の世界恐慌の影響で、選手及び役員の派遣を見送った国が続出して前回大会の約半分にまで減り、失業者達がスタジアムに向けてデモを行った事もあった」ということです。
1932年には、第3回冬季オリンピックのレークプラシッドオリンピック開催や、五・一五事件などがありました。
第11回 1936年 ベルリンオリンピック(ドイツ)
第11回のベルリンオリンピックでは、参加国数が49、実施競技数が21競技でした。開催期間は1936年(昭和11年)8月1日から8月16日まで。
ベルリンオリンピックは、「ヒトラーのオリンピック」とも呼ばれ、ドイツ政権を握ったヒトラー自身がオリンピックの成功のため、人種差別政策の一時凍結や、インフラの整備を率先して進めたということです。
また初の聖火リレーが行われたオリンピックでもあります。
1936年は、二・ニ六事件、戒厳令布告などの年です。第4回冬季オリンピックがガルミッシュ=パルテンキルヒェンで開催されています。
まとめ
今回は、第1回~第11回までの夏季オリンピックについて掲載させていただきましたが、調べれば調べるほど、19世紀から20世紀への移り変わりとともに、世界や日本の状況は目まぐるしく変わってきたことが改めて感じられました。
次回は、第12回のオリンピックからまた掲載させていただきます。
よろしければそちらも是非ご覧ください。
それでは、最後までお読み頂きまして、ありがとうございました!